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東京高等裁判所 昭和61年(う)1861号 判決 1987年3月16日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役七月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人海部安昌、同相原宏各作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官小林永和作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  弁護人海部安昌の控訴趣意第一(理由不備の主張)について

論旨は、わいせつ図画販売罪が成立するためには、わいせつ図画を不特定又は多数の人に売ることが必要であり、一回の売渡しをもって右販売罪が成立するとするには、その売渡しが、不特定の人を相手方とするものであることのほか、不特定又は多数の人を対象とする反復の意思のもとになされたものであることが必要であるとされており、右要件は、判決の「罪となるべき事実」に判示されなければならないところ、原判決は、被告人が昭和六〇年一一月一〇日Aにわいせつビデオテープ二巻を売り渡した、という、A一人に対するただ一回の売渡しの事実を認定し、もって被告人がわいせつ図画を販売したものと判示しているが、右Aが特定人であれば右販売罪は成立しないのであるから、同人が不特定人であることの判示は不可欠であるのに、その旨の判示をしておらず、また、右売渡しが反復の意思をもってなされたことの判示もなく、原判決の右判示によっては、わいせつ図画販売罪の成立を認定するに由なきものであって、右の点において原判決には理由不備の違法がある旨主張する。

そこで検討するに、刑法一七五条のわいせつ図画販売罪について有罪判決をするには、罪となるべき事実として、当該わいせつ図画を不特定又は多数の者に有償譲渡したという、「販売」にあたる事実を判示すべきであり、本件のように、当該行為が一人の者に対する一回の売渡しである場合には、それが不特定の者に対する売渡しであって、反復の意思でなされたものであることが明らかであるように判示すべきものと解されるところ、原判決は、罪となるべき事実として、「被告人は、静岡県浜松市丸塚町《番地省略》所在のビデオテープのレンタル業『ビデオショップ甲田』店を経営している者であるが、昭和六〇年一一月一〇日ころ、同店前駐車場において、Aに対し、男女性交の場面等を露骨かつ詳細に撮影したわいせつのビデオテープ二巻を代金二万四〇〇〇円で売り渡し、もってわいせつの図画を販売したものである。」と判示しており、右判示事実自体からも、レンタル業とはいえ、ビデオテープを扱う店を経営する者である被告人が、本件わいせつビデオテープ二巻を客であるAに売り渡したものであり、原判決が「もってわいせつ図画を販売したものである」と認定判断しているように、右売渡しが、不特定の客に対する有償譲渡、すなわち、刑法一七五条にいう販売にあたるものであることを読みとることができるものというべきであって、原判決に所論の理由不備があるとはいえない。

論旨は理由がない。

二  弁護人相原宏の控訴趣意一(法令解釈の誤りの主張)について

論旨は、刑法一七五条にいう販売とは、不特定又は多数の人に対する有償譲渡をいうところ、被告人が販売した相手先はAただ一人である上、同人は以前から甲田店の顧客であり、被告人はAから頼まれて、ビデオテープを販売したものであって、原判決は、刑法一七五条所定の販売の解釈を誤って適用したものである旨主張する。

しかしながら、刑法一七五条にいう販売の意義は所論のとおりであるが、原判決挙示の関係証拠によれば、右Aが前記店の不特定の客の一人であること、被告人は、本件以外にも、同人に対し、あるいは他の者に対し、わいせつビデオテープを売り渡して利益をあげており、本件起訴にかかる売渡しもその一環であることが認められ、これがわいせつ図画の販売にあたることは明白であって、被告人の本件所為について、同条を適用した原判決の法令の解釈適用に誤りがあるとは認められない。

論旨は理由がない。

三  弁護人海部安昌の控訴趣意第二及び同相原宏の控訴趣意二(量刑不当の主張)について

論旨は、いずれも、被告人を実刑に処した原判決の量刑不当を主張するものであるが、本件は、わいせつビデオテープ二巻の販売の事案であるところ、右犯行の罪質、動機及び態様に加え、被告人は、昭和五七年二月にはわいせつビデオテープを輸入するなどした関税法違反の罪により、同年五月にはわいせつ文書等販売教唆罪により、そして同年九月にはわいせつ文書等所持罪により、いずれも罰金刑に処せられているほか、同五八年一一月一日にはわいせつ文書等所持罪により懲役六月、三年間執行猶予の判決(同月一六日確定)を受けているにもかかわらず、厳に自重自戒すべきその猶予の期間中に本件犯行を重ねたものであって、遵法精神に乏しいものといわざるを得ないことなどを考慮すると、犯情は芳しくない。従って、被告人は、Aからの働きかけがあったところから本件犯行に及んだものであって、この種ビデオテープを手広く売り捌いていたものとまでは認められず、本件については深く反省後悔していること、その他、被告人の年令、健康状態、家庭の状況等、被告人のために斟酌しうる各所論指摘の諸点(なお、前記執行猶予の期間は原判決の言渡し前に満了している。)を勘案してみても、原審記録及び証拠物に徴する限り、原判決が被告人に対し懲役七月の実刑をもって臨んだのはやむを得ないところであったものと思われる。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、被告人は、二度と再び本件のような犯行にかかわることのないようにするべく、転業を決意し、原判決後、本年三月九日に至り、前記ビデオショップの営業を譲渡しており、その反省改悛の情には酌むべきものが認められ、これに、前示の被告人の年令、健康状態など、原判決の前後にわたる諸般の事情を総合して、被告人に対する量刑を再考してみると、現時点においてなお原判決の実刑を維持することは、いささか被告人に酷に失するものと思われ、被告人に対しては、今一度刑の執行を猶予し、自力更生の機会を与えるのが、刑政の本旨にも適う、相当な処遇であると思料される。

よって、刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、被告事件について更に次のとおり判決する。

原判決が認定した、被告人のわいせつ図画販売の所為に刑法一七五条、罰金等臨時措置法三条一項一号を適用し、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を懲役七月に処し、前記情状にかんがみ、刑法二五条一項によりこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 龍岡資晃 川島貴志郎)

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